Professor

日吉でほとんど授業を担当していないので,1,2年生には若干なじみの薄い先生かもしれません.当ページでも経歴や業績以外の部分,お人柄や普段のご様子などなるべく丁寧にご紹介しますので,ご理解の一助となれば幸いです.
太田聰一教授
経歴と人柄
1964年 京都市生まれ
1987年 京都大学経済学部卒業
1989年 京都大学大学院経済学研究科博士前期修了
1991年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)大学院に留学
1994年 名古屋大学経済学部助手
1996年 名古屋大学経済学部講師
1998年 名古屋大学経済学部助教授
2004年 名古屋大学大学院経済学研究科教授
2005年 慶應義塾大学経済学部教授

最終取得学位:Ph.D.
受賞歴:冲永賞,エコノミスト賞
三田設置科目:春木曜1限演習,秋水曜2限労働経済論

院生時代より橘木俊詔現同志社大学教授に師事.今も橘木先生とはインゼミで交流があります.普段の太田先生は,特別な予定がない限りジーパンにTシャツで講義に臨むようなとても気さくな方です.また,ゼミ員が論文の執筆に行き詰ると必ず研究室で長い時間をとって相談に乗ってくださいます.

太田先生の学問に対する姿勢を表す発言のなかにこんなものがあります.
労働経済学をやろうと思ったのは,あらゆる経済学の分野の中でも最も自分たちの生活と密接に関係しているから.だから,我々応用経済学者なんて役に立ってナンボなんです.
学問は複雑化・高度化し, タコツボ化が進んでいます.もはや一部の専門家以外には通訳不可能なまでに難解になりました.そうした状況の中で改めて経済学の意義を考えたとき,人々の役に立てなければ,いかに学問の独立性を錦の御旗に掲げたところで価値などないのではないか?先生の問題意識はそうしたリアリティに根ざしています.

また,学生が大学で勉強する意義について,ゼミ中にこのように発言しています.
世間には色んな主張が溢れていますが,その背後には必ず利害関係が存在します.だから,何の利害関係もない学生時代に,そうした色メガネなしに社会を見る眼をきちんと養っておくことが大切なんじゃないかなと思います.
たとえば,企業家が増税に反発するのは明らかに特定の利害関係によるものです. しかし,脱工業化されたポストモダンにおける複雑な社会システムのもとで,このように明確に主張の背景を透視することは難しくなりつつあります.なぜなら,「社会に出るということ」は,「自分自身もまた何らかの利害関係に囚われること」と機能的に等価だからです.従って,何のしがらみもない学生時代に社会を見るための中立的で歪みのないフレームを作っておくことが大切なのです.

社会問題の見方
太田先生はあまり大々的にメディアに露出することを好む方ではありません.世の中を深く知れば知るほど,メディア上で「なになにはどうだ」と字義通りドヤ顔で断定できる事柄なんてほとんど存在しないのだということを誰よりも深くご理解しているからです.しかし,新聞記事では,一定の留保をおきながらも正確で鋭いコメントを出し続け,常に時代の労働問題を切り取ってきました.ここでは過去の新聞記事から太田先生の発言を一部抜粋し,先生の社会問題に対する見方をご紹介します.

■若年層の失業長期化に関して(日経新聞,2012/11/26朝刊)
年金も医療も現在のシステムは、若い人がきちんと働いて保険料を納めることで成り立っている。そこが弱体化すると、社会保障財政の面からみても望ましくない。

■新卒ニートの増加に関して(日経新聞,2012/10/7朝刊)
「ニート」というと、「働く意欲のない若者」と思われがちだが、働く意欲があっても在学中に仕事を見つけられなかったために仕事探しをあきらめてしまった人も多く含まれる。よって、この数字は若者の就業意欲の低下よりもむしろ、大学から働く場への移行が機能不全を起こしていることを示している。そこには、企業と学校が直面した大きなトレンド的な変化が影響している。企業はデフレ経済や国際競争の激化に対応するために、正社員採用の厳選化を行うとともに、非正社員のシェアを高めていった。その一方で、大学進学率は上昇を続け、以前では学力的に難しかった層まで大学に入るようになった。こうした「需要」と「供給」の双方の要因によって、大卒就職時の問題が顕在化してきた。

■高齢者の就業促進に関して(日経新聞,2012/5/18朝刊)
高齢者の雇用を進めることには十分な理由がある。(…)しかし若年者の雇用を確保していかないと、将来に企業の屋台骨を支える人材が枯渇する。ともすれば極端に高齢化に傾きがちな年齢構成を、企業にとってバランスのとれたものにすることが求められる。そのための戦略が、筆者のいう「若年者と高齢者のベストミックス」である。戦略の柱となるのは、世代間の「互譲」と「補完」という考え方だ。

「互譲」とは、仕事や賃金を世代間でシェアすることを意味する。仕事を世代間でシェアする形としては、正社員が時間外に手掛けている業務を切り離して、高齢者が担当するケースが典型的だ。(…)もう一つの柱の「補完」とは、若年者と高齢者が互いに補い合う関係を構築することを指す。「補完」の関係を築くには、各世代の特長を生かす工夫が必要だ。

■新卒採用のミスマッチに関して(日経新聞,2011/7/20朝刊)
新卒者は、企業にとって自社の色に染め上げやすい「白い布」であり、それゆえに訓練可能性の高い労働者としてこれまで重視されてきたし、今後もそうであろう。また、新卒一括採用は若者の学校から職場への移行をスムーズにするという意味で、強みを持つシステムといえる。しかし、就職を目指す学生にとっては、そのチャンスを失うと大きな損失となる両刃の剣であり、学業をおざなりにしてでも就職活動にいそしむ原因になっている。

■若年者の同棲の増加に関して(朝日新聞,2007/12/9朝刊)
女性の社会進出とともに、結婚にこだわらない人が増えた。一方、非正規雇用のため経済的な理由から結婚に踏み切れず、同棲を選択するカップルも多いのでは。

■事業所での事故に関して(朝日新聞,2003/10/15夕刊)
安全に対する取り組みにおいては、経営トップの意識が大きく影響する。現場の従業員が設備のリスクを強く感じていたとしても、それが管理者にスムーズに伝わらなければ有効な対策は講じられないし、伝わったとしても安全を重視する企業風土がなければ生かすことはできないであろう。企業の上層部が現場の情報に疎いことも多く、リスク情報の正確な吸い上げに失敗している例も散見される。安全資本への投資が長期的に見れば企業収益に結びつくことを認識し、全従業員に適切な安全教育を実施し、リスクマネジメントが機能する企業風土を醸成することは、企業トップの重要な経営責任である。

学部生でも読める論文
ここでは学部1,2年生でも読める太田先生の日本語論文のうち,ウェブで公開されているものをいくつかピックアップしてご紹介します.当ゼミの方向性などが少しでもお伝え出来れば幸いです.

(1)サーチ均衡における転職行動と社会厚生
「サーチモデル」という,労働市場のメカニズムを模したシステムを用いた理論的な論文です.得られた結論は凡庸ともとれますが,「常識」に数理的根拠を与えたという点で優れた論文と言えます.

(2)若年雇用問題と世代効果
現30代の世代,いわゆるロスジェネ世代から,「バブル期に就職した世代と氷河期に就職した世代では不公平だ」という論陣が張られました.本当に不公平なのか?というリサーチクエスチョンの下に進められた論文がこれです.

(3)企業内福利厚生への経済学的アプローチ
経済学ではあまり労働者への福利厚生にスポットライトがあてられてきませんでした.この論文では企業が福利厚生を充実させるメカニズムを解明しています.

(4)地域の中の若年雇用問題
「いまの若者は地元志向だ」という俗情に媚びたポピュリズムを覆したのがこの論文です.若者は保守化しているのではなく,保守化せざるを得ない経済環境下におかれているのだということを実証的に裏付けています.

著書
『もの造りの技能―自動車産業の職場で』,小池和男氏,中馬宏之氏と共著,東洋経済新報社,2001年.

『労働経済学入門』橘木俊詔氏との共著,有斐閣,2004年.

『NLAS マクロ経済学』,齊藤誠,岩本康志,柴田章久氏と共著,有斐閣,2010年.

『若年者就業の経済学』,日本経済新聞出版社,2010年(第51回エコノミスト賞受賞